両建
風を使って人はスポーツをしたり、遊んだりする。スポーツとしては、例えば、ウィンドサーフィン、ヨット、カイトサーフィンなどがある。他にも、ハンググライダー、パラグライダー、スポーツカイト、凧なども挙げられよう。
強い風は、人々の生活に甚大な影響を及ぼすため、様々な風対策が編み出され、実施されている。例えば、防風林、石垣などが挙げられる。
オランダなどでは古くから風車によって、風を活用する伝統がある。近年では、世界中で、風力発電によって、風を電気の源、エネルギー源として活用することが行われている。
また、古来、風という言葉は眼に見えないものを象徴するためにも使われる。日本語でも意味深い言葉であるが、日本語以外では例えばヘブライ語で風に相当する「ルーアハ」という言葉は深い意味を持っている。(→聖霊の項に説明あり)
現代の気象学においては「風」とは、地球上の大気の水平方向の流れを意味している。大気の垂直方向の流れは、上昇気流または下降気流という。
風は、風向と風速という要素に分解してとらえることも可能である。
風向は、0度から360度までの方位で表されるが、通常は16方位で表す。「北東の風」は、北東から南西に向かって吹く風を示す。
風速は、日本では秒速 (m/s) で表すのが普通であるが、国際的にはノット (kt) が用いられる。
風は、気圧傾度力によって生み出される、とされる。この要因には、高気圧・低気圧、あるいは太陽光による寒暖の地域差などが挙げられる。
風に働く力には以下のようなものがある。
コリオリの力(転向力)
地表との摩擦力
地球の自転による遠心力
地球の引力
飛行する動物や滑空、バルーニングするものは当然風の影響が大きい。植物では風媒花は風によって花粉媒介を行い、風による種子散布を行うものもある。強い風は生物の散布に大きな影響を与えることもある。例えば日本では夏以降にカバマダラなど熱帯産のチョウが迷蝶として出現する例があるが、これは台風の風に乗って運ばれてくると言われる。
しかし風そのものが生物に直接に危害を与えることがある。特に寒冷地や高山では風の影響が大きい。体感温度はおおよそ風速1mごとに1℃低くなると言われ、低温ではさらにその影響が大きい。しかも、高山の尾根筋などでは非常に強く風当たりがあるので、風によって生物群集が規定される。そのような場所は風衝地と呼ばれ、そこに成立する群落を風衝群落という。そのような群落は、普通背が低く、群落の上面には葉が密生した層を作り、そこから突出する枝葉はほとんど無い。同様の森林は、海岸の風当たりの強い場所にもあり、やや背は低いが、見かけは似ている。この場合、風がもたらす線分が低温と同様の効果を与えているものである。
また、樹木が伸びられる場所であっても、尾根筋などの風の強い場所では、その枝が片方だけに伸びたものが見られることがある。これは、風下にだけ枝が伸びたことによる。
空気全体の動きということで、全体的な雰囲気の方向のような意味で風が使われる例が多い。選挙において「無党派の風が吹いた」とか、「逆風が強かった」等という。また、芸術やファッションなどにおいて○○風(ふう)というのもこれに近い。
木(き、英:tree、woody plant、arbor)は、植物の形のひとつ。硬い幹をもち、幾本もの枝があり、地面に根を張り、生長する。幹は木質化し、次第に太く成長する。木本(もくほん)とも言う。
枝の先には葉と芽を付け、
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を咲かせ、主に種子をもって繁殖する。
植物学では、何をもって木と判断するかは難しいところである。
年輪ができる植物を木(木本類)、できない植物を草(草本(そうほん)類)と定義する場合もある。この場合、「パパイアの木」には年輪ができないので、「草」に分類される。ただし、年輪は、季節による寒暖の変化や、乾燥・湿潤の変化により組織の生長スピードが変化した結果生じるから、明らかに木であっても、連続的に生長する条件(熱帯雨林のように、1年を通じて寒暖等が変化しない環境で生長した場合など)では、年輪はできない。そこでこの見方を拡張して、茎が肥大成長する植物が木本、しないものが草本という区別がある。つまり、茎の周囲に形成層があって、年々太く育つものが木である。
さらに別の見解として、木とは非常に厚くなった細胞質を持つ死んだ細胞により生体が支持されている植物であるという見方もある。細胞が非常に厚い細胞壁を発達させ、死んで生体の支持に使われるようになることを木化、あるいは木質化という。具体的にいうと、いわゆる木材は、主として道管から成り立っているが、この道管は細胞壁が厚くなって、最後には細胞そのものは死んで、残った細胞壁がパイプの形で水をくみ上げる仕事を続けるものである。そのような部分をもつ植物が樹木だ、という判断である。
前者の定義に従うと、竹は「肥大成長」しないので「草」であるが、後者の定義に従うと、「死んだ細胞で支持されている」ので「木」と言うことになる。上田弘一郎京大名誉教授(世界の竹博士)は『竹は木のようで木でなく、草のようで草でなく、竹は竹だっ!』と力説していた。[1]
また、木か草かということは、必ずしも種に固有の性質ではない。ナス科、キク科、マメ科などには、通常は草として生育しているが、条件がそろえば枯れることなく連続的に生長し、軸を木化させる種もたくさんある。
木は陸上植物のみに見られる植物の形である。水中の植物にもコンブのように大きくなるものはあるが、それらは柔軟で細長い構造をしており、幹のような構造を持たない。これは、水中では体を支える必要がないこと、逆に陸上ではそれを支える仕組みなしには生存できないことによる。陸上生活を行うために、植物は空気中で広げられる葉や、それを支える茎、それに体を固定し保持し、水を吸い上げる根を発達させた。そのことで体を空中に突き出すことができるようになったことが、今度は他者より高い位置に出てその上に葉を広げる競争を生み出したのであろう。そしてこれを大規模に行うための適応が、木質化や肥大成長であり、それを支える根もさらに発達し、そのような構造を獲得することで植物は地上でもっとも背の高い生物となり得た。また、胞子による繁殖から種子の形成に至る生殖方法の進化は、自由な水に依存しない生殖を確保する方向の進化といわれるが、同時にそのような構造が地表をはるかに離れた枝先に形成されるようになったことの影響も考えられる。
樹木は、それが可能な条件下では、ほとんどの陸上環境において、その地で
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も大きくなる植物である。樹木が生育すれば、それによって地面は覆われ、その下はそれがない場合とははるかに異なった環境となる。これによって形成される相観、あるいはそこに見られる生物群集を森林という。したがって、樹木の生育は、ある面でその地域の生物環境の重要な特徴を形成する。気候や生態系をそこに成立する森林の型で分けるのはそのためである。
また、樹木は、その体を支持するために太くて固い幹を持つ。この部分はその群集、あるいは生態系における生物量の大きな部分を占める。つまり、木は生産物を多量に蓄え、保持するという点で、極めて特異な生産者である。その資源の大部分はセルロースとリグニンという、いずれも分解の困難な物質であり、しかも頑丈で緻密な構造を作るため、これをこなせる生物は少ない。菌糸をのばし、その表面で消化吸収を行なうという生活の型をもつ菌類は、この資源を利用して進化してきたという面がある。それを含めて、この資源を巡っては、分解者と呼ばれるような、独特の生物の関わりが見られる。そこに生息する動物にも、シロアリやキクイムシなど、菌類や原生生物との共生関係を持つものがある。
他方、太くて高く伸びる茎や、細かく分かれた枝葉は、他の生物にとっては複雑で多様な構造を提供するものであり、生物多様性の維持に大きな意味をもつ。また、森林において、生産層は樹木の上部に集中する。しかし、それら地上に離れ離れに存在する幹から伸びたものである。したがって、ここを生息の場とする場合、場所を変えようとすれば、飛ばない限りは、一旦地上におりなければならない。これは大変なエネルギーロスである。動物の飛行や滑空の能力の発達は、ここにかかわる場合も多いと考えられる。
樹木になる植物は、シダ植物と種子植物のみである。コケ植物には樹木はない。
シダ植物には、古生代にはリンボクなど多数の樹木が存在したが、それらの子孫はごく小型の草本として生活している。現在のシダ類で大型になるのは、ヘゴなど、いわゆる木生シダ類である。ただし、その茎は材としては不完全で、表面を覆う根に支えられている。
裸子植物の祖先とされるシダ種子植物も大型で、裸子植物のほとんどが木本である。中生代の地上を覆ったのは、裸子植物の森林であった。それ以降は、その後に出現した被子植物に、多くの場所で取って代わられ、裸子植物は、寒冷地などにその勢力の多くを保持している。
被子植物は木本のものも草本のものもあるが、どうやら草本の性質は木本から二次的に出現したと考えられている。特に双子葉植物に木本のものが多い。非常に多くの群があるが、森林の形成から見ると、ブナ科植物が重要である。
単子葉植物には、普通の意味での木本はなく、いずれも特殊な構造をしている。ヤシ科、タコノキ科などは木本である。イネ科のタケは木本・草本どちらとも取れる。